「有害な男性らしさ」の議論はこの辺で終わりにしよう

man wearing grey shirt standing on elevated surface

本日は、「有害な男性らしさ」について学びなおし。

たまたまTwitterをスクロールしていたら、非常に面白い投稿を発見。
そこから着想を得てこの記事を書いております。

実際に投稿されたものはこちらで、カナダの心理学者ジョーダン・ピーターソンが「有害な男らしさ」について意見を求められた際のインタビュー動画になります。

彼の言葉を抜粋すると、以下の通りです。

  • 男性らしさは「不可欠」
  • 地下に潜っての下水整備、吹雪や雨の中でも高圧電線に上る…このとてつもないインフラを維持できているのは彼らが命がけで働いているから
  • それらの感謝や敬意が(特権階級には)すっぽり抜けている
  • 勤勉で堅実な労働者階級の男性に感謝の念を持つのが当然
  • 男性に限らず、誰しも重要な役割・必要な役割があって、適切に正直に率直に行動すれば家族や地域社会をより良いものにできる
  • 「役割」が世界を動かしているのだ

「有害な男らしさ」とは?

「有害な男性らしさ」とは、”男性はこうあるべき”とされる行動規範のうち負の側面があると考えられているものです。

例えば、以下のようなステレオタイプな”男性らしさ像”が「有害な男性らしさ」だと言われています。

  • 男性は率先して肉体労働をするべき
  • 男性は強くないといけない
  • 男性は性的に活発である
  • 男性は女性よりも組織・家庭内で優位である

ジョーダン・ピーターソン氏の主張は、「男性らしさが社会や経済を支えてきたのだから、有害などとレッテルを貼らずに役割を受け入れ、肯定するべき」という具合だと思います。

きっと、女性の場合でも同じだと彼は考えているのでしょう。

私の考え①「時代が変われば、役割も変わる」

この動画を見て、私は「すごく面白い!」と思いました。

この正解のない問題について俯瞰的に考えることができれば、未来志向のいいトレーニングになると考えたからです。

資本主義から抜けなければ未来は図れないという記事を先日書きましたが、これもまさに資本主義から抜け出せないがために起こる主張と議論。

要は、資本主義時代の資産が「人間の労働力」だからこそ成立する話なのです。

これまでは、社会経済を成り立たせるためには「資源×労働力」による生産活動が不可欠でした。

だからこそ、資源を掘り起こし、材料を商品・サービスにして、消費者にまで届けてくれるタフな男性の存在が優位というのは当然の流れだったのです。

私の考え②「男性らしさはAIへ替わる」

しかし、そんな資本主義も間もなく終わってしまいます。

その結果、何が起こるかというと……AIへの代替えによって人間の労働力が最小限でよくなるのです。

そうなれば、これまで「男性らしさ」を武器に社会経済を営んできた男性たちの居場所がなくなってしまいます。

だからこそ、男性も家庭内で役割を持ったり、男性らしさに囚われない働き方・生き方が必要になってくる訳です。

女性も同じく、家庭の労働力が増えたりパートナーの生き方が変わることで、「専業主婦からキャリアウーマンへ」「育児中でも留学・起業」など、男性の変化に並走するように新しい働き方・生き方を選択できます。

男女ともに新しい社会経済に合わせて、役割を見直す必要があるのです。

これからは”女性性の時代”と言われる真意

いろんな学問において、「これからは”女性性の時代”」などと言われることがあります。

これは決して「女性優位の社会になる」という意味ではなくて、過度な労働の必要性がなくなった人類(とりわけ男性たち)がこれまでの役割から抜け出して「中性」に向かってくという意味だと思うのです。

この人類の中性化は、ジェンダーの理想論を言っているのではなく、AIの発達によって必然的な流れでそうなります。

ですから、過去の「男性らしさ」を有害とするのも、今の「有害な男性らしさ」を否定するのも、資本主義に囚われているという意味ではどちらも的外れで、議論するのも不要だと感じるくらいです。

ジェンダーだけではなく、そのほかの社会問題も経済変遷も、すべてが未来を見据えて調整されているに過ぎません。

ただ、「役割」が世界を動かしているというジョーダン・ピーターソン氏の主張は、いつの時代においても普遍的ですね。

では、また次回!

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